誠章's profile「好きです!日本」前衆議院議員赤池まさあきの国政...PhotosBlogLists Tools Help

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    July 31

    7月30日(日)富士山から清里へ

     

    ●球技大会開会式

    午前6時過ぎに、甲府の自宅で起床します。午前7時から湯田小で開催される球技大会の開会式に出席します。来賓として挨拶をしました。午前8時前に湯田小を出て、富士北麓の鳴沢村に向かいます。

     

    ●放棄自動車の撤去

    鳴沢村の道の駅に到着します。午前9時から自動車カーリサイクル協同組合の事業である山麓に放棄されている自動車の撤去を手伝います。日本テレビの24時間テレビの取材もありました。

    林道や登山道に放棄された自動車を、トラックに載せて、撤去します。2台の自動車の撤去を手伝いました。

    不法投棄がさらに不法投棄を呼び、ゴミがゴミを呼ぶのです。抜本的な解決がないだけに、教育の力に待つしかないのかと暗澹たる思いがしました。

     

    ●告別式

    午前11時に富士北麓を出発し、山梨市に向かいます。昼食を取り、午後1時からの告別式に参列しました。40代という働き盛りの死です。式の後、午後230分から初七日の法要にも参列しました。

    親より早く死んでいけない、子どもが成人するまで死んではいけないということを痛感しました。

    そのことを感じたときに、ふっと戦争で亡くなられた方はどうであっただろうかと思いました。まさに上記の2点に当てはまります。それも国家の命令によって、親より早く、子どもが成人するまでに多くの方が死んでいきました。現代に生きる我々として、国家国民全体としてお祭りしなければならないと改めて思いました。

     

    JAAバレエ&ダンス発表会

     午後330分からは、韮崎市文化ホールで開催されている日本航空学園・JAAバレエ&ダンス発表会を観にいきました。すでに始まっていましたが、前半分を鑑賞させていただきました。子どもたちの笑顔が何よりです。

     

    ●清里フィールドバレエコンサート

     午後5時に、清里の萌木の村に行きます。パブレストランロックで、仲間とともに地ビールを飲みながら夕食を取ります。そして午後8時から10時まで、清里フィールドバレエコンサートを堪能しました。

    7月29日(土)埼玉で

    ●埼玉で

    中浦和駅前のホテルで起床し、午前830分に朝食を取り、午前10時にホテルを出発します。

    越谷市のしらこばと運動公園とさいたま市の埼玉スタジアム2002の視察を見学します。埼玉スタジアムには、併設して人工芝グランドとクラブハウスがつくられる予定で、スポーツクラブができる予定です。

     夜、甲府の自宅に戻りました。

    7月28日(金)リニア視察と井尻千男先生訪問

    ●リニア視察

    午前9時過ぎに自宅を出て、車で大月駅に向かいます。今日は、リニアモーターカーの視察です。

    午前1030分過ぎに、大月駅に稲田朋美・谷口和史両代議士らを出迎えます。大月駅からリニア実験センターまで車で15分ほどです。午前11時にJR東海のリニア実験センターに入ります。ここから伊藤渉代議士も加わります。

    センターの会議室で、JR東海の担当者から説明を20分間ほど受けます。実験センターの屋上へ上がり、リニアモーターカーの時速500km走行をまず外から見つめます。その後、司令室を見学し、いよいよ試乗です。

    4両編成の2両目に乗り込みます。実験線のほぼ真ん中にあるセンターから時速400kmで東京方面にバックし、全長18kmを時速500kmで甲府方面へ走りきります。そして、時速300kmでセンターに戻ります。加速する時は、時速160kmでタイヤが上がって、浮上走行に入ります。減速する時は、時速130kmで浮上走行からタイヤ走行に戻ります。あっという間の試乗でした。以前乗った時より、音や振動は少なくなっているような気がしました。

    終了後、昼食を取りながら、意見交換をしました。基盤技術は確立しており、財源さえあれば、実用化できるという見通しがあるとのことでした。このままでは、整備新幹線の最後となるために、いつ実用化できるか見通しが立ちません。8兆円から9兆円かかりといわれていますが、国家プロジェクトとして位置づけて、実現を急ぐべきです。

     

    ●井尻千男先生との交流会

     午後120分過ぎに、リニア実験センターを後にして、車に乗り込み、中央自動車道を大月ICから入り、勝沼ICで降ります。山梨市にある井尻千男先生の自宅へお伺いします。

     井尻千男(いじりかずお)先生は、昭和13年山梨市生まれで、私の母校である甲府一高を卒業し、立教大学から日本経済新聞社に入り、名コラムニストとして活躍します。現在は拓殖大学日本文化研究所所長を務めています。

     午後2時から5時近くまで3時間、自宅にある茶室で、先生の点てたお茶をいただきながら、懇談させていただきました。

     日本は欧米型の階級・階層社会になりすぎているのではないか、自民党は国民政党から階級・階層政党になりつつあるのではないかという厳しい指摘をいただきました。日本の歴史と伝統にそって、行き過ぎた階級・階層社会を是正しながら、国民政党たりうる自民党をつくりたいと思いました。

     

    ●埼玉へ

     午後540分過ぎに塩山駅からJR特急で新宿駅へ。埼京線に乗り換えて、さいたま市に向かいます。大学の先輩と久しぶりに杯を重ねました。

    July 27

    7月27日(木)東京企業回り

     

    ●東京企業回り

    九段宿舎から午前9時過ぎに、議員会館事務所へ入ります。821日の政策セミナーの打ち合わせを行います。

    午前10時過ぎに、政策セミナー購入のために、東京の企業を3社回って、お願いをします。

     

    ●清和政策研究会

     午後0時から、赤坂プリンスホテル旧館2階の清和政策研究会事務所で、在京国会議員昼食会が開催されます。森喜朗会長は欠席でした。議員の中から、総裁選挙に向けて、政策集団として、政策を提言すべきだという意見が出ました。私もその通りだと思い、拍手しました。

     

    ●伝統と創造の会総会と雑誌取材

     午後1時から、衆議院第一議員会館議員会議室で、1年生政策研究会「伝統と創造の会」の総会を開催しました。815日終戦記念日に会としてアピールすることを決定しました。

    総会後、月刊誌「WILL」の来月号の対談取材を行いました。今月号は好評で売り切れ店も出たほどだといいます。総裁候補に望む政策ということで、参加議員が発言しました。私は、人物選択から政策選択の総裁選にすべきこと、総裁任期を3年から4年に延長して、できるだけ総裁候補に長くしてほしいこと、日本の国柄に基づく教育大国を実現してほしいこと、消費税増税の前に日本の国家ビジョンを明確にしてほしいことを発言しました。

    時刻は午後2時を回っており、あわてて会場を後にして、タクシーに飛び乗ります。

     

    ●自民党1区県議団会議

     午後230分新宿駅発のJR特急に飛び乗り、甲府へ向かいます。

     午後430分から甲府事務所において、1区県議団会議を開催します。821()政策セミナー参加依頼、22()自民党ブロック大会、92()1区拡大役員会について、協議しました。今後は毎月第一月曜日午前11時に開催することとしました。

     

    ●会合

     午後530分から2時間、美容院で調髪します。

     午後730分から、社会福祉協議会の役員会に参加し、挨拶をします。

     午後8時からは、会合に参加し、意見交換をさせていただきました。

    7月26日(水)全国高等専修学校体育大会と成田空港視察

    ●第16回全国高等専修学校体育大会

    午前8時過ぎに、甲府の自宅を出発し、富士吉田市富士北麓公園体育館で開催される第16回全国高等専修学校体育大会開会式に、出席しました。専修学校には、3つの課程があります。高校を卒業して入る専門課程(いわゆる専門学校)と、中学を卒業して入る高等課程(高等専修学校)、誰でも入ることができる一般課程です。全国から500名近い生徒が集まり、スポーツを競います。

    午前10時から開会式が始まります。生徒の挨拶や返事がしっかりしています。私は来賓として、地元を代表して歓迎の言葉を述べました。1時間ほどで終了します。

     午前11時に車に乗って、大月駅に向かいます。午後05分大月駅発のJR特急に乗って、新宿に向かいます。午後18分に到着し、乗り換えて113分新宿駅発の成田エクスプレスで成田空港に向かいます。

     

    ●成田空港視察

     午後230分に成田空港の到着し、日本航空学園輪島校のある輪島市議会議員の視察団に入れていただき、成田空港内に日JAL日本航空の整備部門を視察させていただきました。

     30分ほど話を聞き、実際に整備中のジャンボの貨物機を見せてもらいました。10日間で3交代24時間で整備をします。塗装は全部はがし、金属をチェックし、塗装をし直します。貨物機ですので、座席は最初からありませんが、内装部分も全部取り外し部品を一つ一つチェックし、構造体も一つ一つ目視してチェックしていました。機械化できない部分が大部分で、人間の仕事が大事です。航空機の安全のために、これだけ多くの人が懸命に働いている姿に感銘を受けました。

     午後517分成田空港駅発の成田エクスプレスで東京駅に向かいます。午後610分過ぎに東京駅に着き、地下鉄に乗り換え国会議事堂前駅で下車して、議員会館事務所に向かいます。

     

    ●自民党総研との交流会

     議員会館事務所で、人と会い、事務処理をします。

     午後730分過ぎに、自民党総合研究所の研究員の方々と1年生議員有志の交流会に参加します。研究員の方々は企業からの出向者で、30代から40代で年代も近く、話が盛り上がりました。

    July 26

    7月25日(火)議員会館事務所を180ヵ所以上回る

     

    ●議員会館事務所を回る

     九段宿舎で、事務処理を行います。

    タクシーで議員会館事務所に入ります。821()の政策セミナー&懇親会の招待券を配布するために、午前11時から議員会館事務所を回ります。

     

    ●北朝鮮のミサイル発射への意見書を提出

     回っている途中で、午前1140分に衆議院第一議員会館の議員応接室に立ち寄ります。先日日本会議国会議員懇談会役員会で相談した、北朝鮮ミサイル問題について、経済制裁の強化、ミサイル防衛の早急なる整備、対基地攻撃能力の検討などの意見書を総理に手渡すために集まりました。

    会を代表して、平沼赳夫会長、古屋圭司幹事長、下村博文事務局長、島村宜伸先生、萩生田光一先生、桜井新先生とともに、私も1年生ただ一人参加させていただきました。総理の名代として、安房晋三長官に意見書を手渡しました。

     

    ●引き続き議員会館事務所を回る

     引き続き午後0時から議員会館事務所回ります。午後130分まで回り、合計180ヵ所以上回りました。

     

    ●地元へ

     午後2時前に事務所を出て、地下鉄とJRを乗り継ぎ、午後230分新宿駅発の甲府行きの特急に乗り込みます。車中では、遅い昼食を取りながら、コンピュータで仕事を続けます。

     

    ●日本航空学園で打ち合わせ

     午後430分過ぎに、821日の政策セミナーの発起人代表である、日本航空学園の梅澤史毅夫理事長を日本航空学園に訪ね、招待者や案内状発送について、打ち合わせを行いました。

     

    ●通夜、そして会合へ

     午後6時前に日本航空学園を後にして、渋滞を避けるために、甲府昭和インターチェンジから中央自動車道に乗って、勝沼インターまで行きます。甲州市勝沼町の市議会議員宅にご尊父の通夜でお伺いします。

     午後730分から甲府市東部市民センターで、山梨県カーリサイクル協同組合の例会に参加します。挨拶とミニミニ国政報告を行いました。

     午後815分過ぎに会場を後にして、2軒立ち寄り、自宅に戻りました。

    July 25

    7月24日(月)日本航空学園輪島校で講演

    ●日本航空学園輪島校で講演

     午前730分に、輪島市の海沿いに719日にオープンしたばかりのホテルを出て、加藤巌・日本航空学園常務理事に出迎えてもらい、能登空港に隣接した日本航空学園輪島校へ向います。小雨が降っています。

     日本航空学園輪島校は、平成15(2003)4月に開校し、全寮制のもと現在日本航空大学校と日本航空第二高等学校が立地しています。

     輪島市街地から能登半島の中心部へ車に乗って20分ほどで到着します。午前810分から日本航空学園の電話会議システムを使った、甲斐、峡北、東京、千歳の各キャンパスをつなぎ、梅澤史毅夫・理事長の話がありました。先週1週間モンゴルへ出張しており、その報告でした。

     その後、梅澤保隆・輪島学園長から挨拶があり、次に私も挨拶させていただきました。輪島校には昨年6月の高校生全体を対象としたキャンパス紹介で来て以来です。選挙後、国会議員となって初めてです。選挙支援の御礼、教育基本法改正について簡単な報告をさせていただきました。

     

    ●日本航空第二高校生への講演

     午前9時過ぎから、10時過ぎまで、体育館で600名近い高校生と教職員に対して、講演させていただきました。自己紹介、国会議員になるまでの出馬の経緯、国会議員になってから教育の重要性、日本航空学園の教育が評価、それは専門教育と人間教育、人間教育とは校訓に基づいて日々規律訓練等でなされている、それは戦前の日本の伝統的教育方法に基づいている、その日本の伝統的教育とは何かを、説明しました。

    http://akaikemasaaki.spaces.msn.com/Blog/cns!1pBOyAnAtud7UfuCbXhne7vw!199.entry

     

    ●東京へ

     講演を終え、午前1150分能登空港発の羽田空港行きのエアーニッポンの旅客機に乗り込みます。50分ほどで順調に着陸しました。

     午後は人と会い、九段宿舎に宿泊しました。

    July 24

    7月23日(日)新潟で応援弁士

    ●新潟へ

     明日、日本航空学園輪島校で教職員と高校生対象の講演を行うために、山梨から出発します。今日は、その途中で、同僚議員である上越市を中心とした新潟6区の高鳥修一代議士の小集会の応援弁士を買って出ます。

    午前620分に自宅で起床し、身支度を整え、徒歩で駅へ。JR身延線南甲府駅午前651分発の電車に乗り込みます。甲府駅で、明治大学出身の先輩と出会います。東京で明大校友会の会議があるとか。駅カフェで朝食を取り、午前721分甲府駅発のJR特急で東京をめざします。車中、新聞を読み、コンピュータで仕事をします。

    東京駅1012分発の上越新幹線に乗って、越後湯沢へ。乗り換えて、直江津に向かいます。午後030分に到着します。

     

    ●安倍晋三官房長官がわかる『美しい国へ』

     車中は、文春文庫に出た安倍晋三官房長官の新著『美しい国へ』(文春文庫)を読みます。先日の講演の話が出ており、安倍先生の生い立ちから人となり、基本的な考え方がよく理解できます。ただし、著書の中で安倍先生も断っていますが、政策提言集ではないので、政策の部分はもっと聞きたいと思いました。

      http://item.rakuten.co.jp/book/4090612/

     

    ●2ヶ所で応援弁士

    直江津駅北口に、高鳥代議士自ら出迎えてもらいます。高鳥先生は大のラーメン好きで、推奨のラーメン店で昼食を取ります。「ニューハルピン」という名前のラーメン店で、店構えも横浜のラーメン博物館のような昔懐かしい感じです。ワンタンメンをご馳走になります。豚骨醤油味で少し太めの縮れ麺です。おいしくいただきました。

    直江津から車を走らせ、旧能生町、現在の糸魚川市に向かいます。能生は、高鳥家代々の出身地だそうです。実家は現在弟さんが跡をとっています。会合まで時間があったので、実家を見せてもらいました。戦前は高鳥組という建設業を営んでいただけあって、旧北陸街道沿いで、火事除けなのか、赤レンガの壁に囲まれた古い佇まいを残した邸宅です。

    午後2時から自民党糸魚川市熊生谷支部定期大会です。大会には、50名以上の党員が集まり、糸魚川市長、地元県議、市議も参加しています。高鳥代議士に続いて、私も挨拶をさせてもらいました。

    上杉謙信が武田信玄に塩を送った話から、400年たってお返しにきましたというと笑いがもれました。高鳥先生との関係、国会での様子を話をさせていただきました。

    午後3時に、会場を後にして、車で移動します。

    午後4時からは、妙高市での市会議員の後援会納涼会に、高鳥代議士とともに出席します。ここでも同様な話をさせていただきました。午後430分に、挨拶が終わりと同時に退席させていただき、高鳥事務所の秘書の方の車で直江津駅まで、送ってもらいました。

    http://takatori.spaces.msn.com/PersonalSpace.aspx

    午後5時半の直江津駅発金沢行きの特急に乗り、午後7時半頃金沢に到着します。午後8時発の高速バスに乗り、輪島市へ向います。午後10時に到着して、輪島市内のホテルに宿泊しました。

     http://www.city.wajima.ishikawa.jp/

     

    ●『オシムの言葉』に感動

     車中では、日本代表監督になったオシム監督のことをまとめた木村元彦著『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)を読みました。今話題の監督ですが、すでにテレビでその生い立ちや言動について、取り上げられており、知っている方もいると思います。

    私は、一読し感動のあまり車中で思わず涙がこみ上げてきてしまいました。

    旧ユーゴスラビアの民族紛争最中の代表監督を務め、妻子がボスニア包囲網の中で音信が不通となり、最悪の中での選手との絆、抗議の代表監督辞任など、サッカーだけでなく、人生、政治について考えさせられる好著です。ぜひ一読を薦めます。

      http://item.rakuten.co.jp/book/3695742/

    July 22

    7月22日(土)マスコミ3社から取材

    ●マスコミ取材

     午前中は、自宅で事務処理をします。

    午前1130分からYBS山梨放送社屋で、テレビニュース取材を受けます。山梨1区の与野党の議員を対照させての構成になるようです。来週の木曜日か金曜日に放映されるそうです。

     

    ●会合と取材

     午後1時からは、古名屋ホテルで、女性部の昼食会に出席します。

     午後130分から3時までは、小中学生の同級生の誘いで、講演会に出席します。いったん甲府事務所に戻ります。

     午後330分からは、UTYテレビ山梨の取材を受けます。山梨県政の検証ということで、話をしました。

     午後430分からは、UTYの隣にある山梨新報社屋で、これも山梨県政について取材を受けます。来週金曜日発売に掲載されます。

     

    ●夜の会合

     午後6時から、ニュー芙蓉において、山田一功氏の親戚会に出席します。

    山田一功氏は、昭和34(1959)年生まれで、法政大学卒業後、税理士として活躍する一方、社会福祉法人ひかりの里を設立し、福祉分野に尽力していました。甲府青年会議所理事長、山梨県小中学校PTA協議会会長としても活躍しました。昨年の総選挙で、私の選対事務長をしてくれました。来年4月の統一地方選で、甲斐市から県議会議員に挑戦することになりました。がんばってほしいと激励の挨拶をしました。

    午後730分から1時間、勝沼町での会合に出席し、意見交換しました。地域や磁場企業は非常に厳しい状況であると指摘を受けました。率直な生の声を聞くことができました。

    7月21日(金)首相官邸へ

    ●ラジオ体操始めの会雨で中止、上京

     今日から子どもの学校は夏休みに入ります。午前620分から地元湯田小学校校庭では、ラジオ体操始めの会が開催される予定でした。しかし、雨のため中止となりました。梅雨前線の影響で、昨晩から断続的に雨が降り続いています。

     午前651JR身延線・南甲府駅発の電車で甲府駅へ向かいます。ホームを歩いていると、通り過ぎた方から、「赤池先生だ」という声が聞こえてきます。駅のカフェで、モーニングセットを頼みます。カフェのレジ係の女性から、「今日は出張ですか」と声をかけられます。知名度は確実に上がっているなという実感がわきます。

     午前720分甲府駅発のJR特急で上京します。車中で新聞を読み、コンピュータに向います。信号故障があり10分遅れで、930分に新宿駅に着きます。乗り換えて、四ッ谷駅へ。今日は急いでいないので、地下鉄に乗り換え、国会議事堂前駅で下車します。9時過ぎでも、中央線も地下鉄も乗客で一杯です。昨年自民党本部で聞いた、日本経済新聞社コラムニストの田勢康弘氏の言葉を思い出します。「満員電車に乗らなくなった政治家はだめだ・・・・・」

     

    ●皇室議連準備会

     国会議員会館に入ります。事務処理をします。

    午前10時から衆議院第2議員会館議員会議室で、皇室議連の準備会に出席します。国会閉会中とあって、8名の参加です。平沼赳夫代議士が冒頭挨拶で、昨日の日本経済新聞の昭和天皇が「A級戦犯」合祀に不快感を示した記事について、批判していました。

    議題としてまず、北朝鮮ミサイル問題について、小泉総理に陳情する文面を議論してとりまとめをします。①送金停止を含めた経済制裁の断行。②ミサイル防衛システムの早期構築。③自衛権発動にともなう対基地攻撃能力の整備。以上3点を申し入れすることになりました。

     皇室の伝統と日本の文化を守る皇室議連の発足については、秋の臨時国会が始まる10月上旬をめどに、議員全員に呼びかけて、発足することが確認されました。

     

    ●事務処理

     午前11時に国会事務所に戻り、821日開催予定の政策セミナーの準備と打ち合わせを行います。また、「伝統と創造の会」の議員総会を開催することになり、その準備も行います。

     昼食は、議員会館地下食堂で早川浩秘書といっしょに取ります。国会開会中は、自民党本部で部会を兼ねた昼食ばかりで、議員会館地下食堂に来ることは稀です。早川秘書が、食堂のスタッフに「うちの先生です」と紹介してくれます。

     

    ●安倍晋三・官房長官に国立追悼施設について申し入れ

     いったん事務所に戻り、午後130分に小雨の中首相官邸に徒歩で向かいます。「平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手議員の会」が国立追悼施設反対で、安倍晋三官房長官に申し入れをします。

    首相官邸は何度来ても一種独特の緊張感があります。警備が門と玄関の2ヶ所あり、挨拶をしながら通り過ぎます。正面玄関前には男女2名の屈強なSPが立っています。マスコミ関係者が3階フロアーに大勢待機しています。エレベータに乗り込みます。正面玄関のある場所は1階ではなく3階になっており、官房長官執務室のある5階に上がります。エレベータが開くと、女性スタッフが出迎えて、案内してくれます。エレベータ前のドアは施錠されており、スタッフが開けないと通れない仕組になっています。1階から5階まで吹き抜けになっている回廊を歩き、官房長官執務室に入ります。執務室も施錠されており、スタッフがカードで施錠を開けて、中の応接に通されます。若手議員が10名ほど集まります。ほどなく安倍晋三官房長官がお越しになられ、意見書を手渡します。

    国立追悼施設に調査費を計上しないよう強く要望しました。

     首相官邸バーチャルツアーhttp://www.kantei.go.jp/jp/vt/sub/index2.html

     

    ●地元山梨へ

     午後2時過ぎに、国会事務所に戻ります。伝統と創造の会の議員総会を開催することになり、その準備をします。

     午後3時前に地元山梨に戻るために、朝来た経路を戻ります。地下鉄国会議事堂前駅から四ッ谷駅へ。乗り換えて新宿駅へ。さらに乗り換えて、甲府へ向かいます。午後5時過ぎに甲府駅に到着します。

     

    ●学生交流サロンづくり

     午後530分から、甲府銀座通り沿いの2階のカフェを借りており、その活用で打ち合わせをします。友人の会社が、学生交流サロンとして活用してくれることになりました。

     午後630分過ぎに、石和での通夜に参列します。再び甲府に戻り、2件の会合に出席しました。

     

    July 21

    7月20日(木)突風対策と岡野明大元学長お別れ会

    ●突風対策

     今日も曇りがちで、朝方涼しく、自宅で目を覚まします。

    午前8時に、自宅を出て、山梨市にあるJAフルーツ山梨の本所に向かいます。715()に、20m以上の突風が吹き、桃などの農産物に被害が出たので、そのヒアリングのために、JAを訪れます。調査票を農家に送り、今日明日で集計が出てくるとのことです。その上で、市や県に支援対応をお願いするとのことです。農水省の施策についても、説明をさせていただきました。

     

    ●上京

     甲府事務所にいったん戻り、午前10時甲府駅発のJR特急で上京します。長野県諏訪地方の記録的豪雨の関係で、ダイヤが乱れています。

    ホームで知人の獣医と出会います。ペットの医療事故の裁判の証人のため東京出張するとのことです。日本もここまできたのかと驚きました。ペットの数が子どもの数を超え、家族同様に考える人が増えてきているとは感じていましたが、獣医師の医療ミスを裁判で訴える人がいるとは思いませんでした。事実は小説より奇なりを字でいくような話です。

     

    ●清和政策研究会昼食会

     新宿駅から四ッ谷駅へ。下車して、タクシーに乗って、赤坂プリンスホテルの清和政策研究会在京議員昼食会に出席します。森喜朗会長から、「1年生は街頭やっているか」と聞かれます。長野県の豪雨の話題が出て、脱ダム宣言の田中康夫知事の政策の影響ではないかという話が出ます。直接知事のダム凍結宣言が招いた被害ではないにしろ、阪神淡路大震災時の村山内閣といい、時の為政者の考えや方針が天災を人災によって広げることはあるなと思いました。

     

    ●昭和天皇発言メモ

     日経新聞朝刊には、スクープとして、昭和天皇の発言メモが公開され、「A級戦犯」合祀に不快感を示されたという記事が出ています。昼食会を終えて、ホテルを出ようとすると、記者から早速そのことを聞かれます。昭和天皇が参拝しなくなってから、「いわゆるA級戦犯」合祀までの間には時間のずれがあること。当時は野党社会党が国会で靖国神社問題を政治問題化したことが天皇参拝をできなくさせたことなどを説明しました。昭和天皇自身が「いわゆるA級戦犯」に対して、個人的な感想を持っておわれたとしても、政府が責任を持って推薦して合祀されたことを、天皇陛下が否定することはありえないという話をしました。この報道が、「A級戦犯」分祀や国立追悼施設建設の理由付けにされてはならないと思います。

     

    ●岡野加穂留・元明大学長お別れ会

     午後1時過ぎに、東京プリンスホテルで、明治大学学長でラクビー部長、雄弁部長であった岡野加穂留先生のお別れの会に参列しました。森喜朗会長にも、ラクビーつながりで、参列をお願いしており、出席してくださいました。

     岡野先生とは、明大雄弁部でお世話になりました。厳格なクエーカー教徒で、酒やタバコは嗜まれませんでした。自宅へお伺いしたとき、奥様から太り過ぎないために、学生と同じようにカレーをお替りして食べ過ぎないように注意をされていたことを、微笑ましく思い出されます。現役学生時代、後輩の雄弁部員を連れて、岡野先生との昼食会を催したことがあります。岡野先生は何でも聞いてくれとのことですが、後輩たちは緊張から一言も発言しません。私が取り成すつもりで、岡野先生解散総選挙をいつですかと聞くと、学者に政治評論家に聞くようなことを聞くなとピシャリといわれ、ますます誰も発言する人がいなくなってしまったことがありました。近年の郵政民営化問題について、郵便局ファンクラブの会長となり、時流におもねらず郵政民営化反対の大論陣を張って、さらに選挙運動までしていたときを聞いたときは先生らしいなと思ったものでした。

     

    ●地元で会合出席

     午後2時に国会事務所に戻り、事務処理をします。

     午後3時に事務所を出て、330分新宿駅発のJR特急で地元に戻ります。

    午後5時過ぎに石和温泉駅で下車し、午後530分からホテル石庭で行われる笛吹市倫理法人会100社正法人会昇格式と山梨県倫理法人会350社達成報告会に出席し、来賓挨拶をしました。

    午後730分からは、地元の体育協会納涼会に参加し、挨拶し、50人以上の方にお酌をして回ります。

    午後820分過ぎに、会場を出て、再び倫理法人会の懇親会に出席し、お酌をして回りました。2次会懇親会に顔を出し、午後10時過ぎに自宅に戻りました。

     

    July 20

    7月19日(水)誕生日


    ●誕生ケーキ

     今日も雨が降り、朝方涼しくて、九段宿舎で目を覚まします。

     宿舎で、事務処理をして、午前11時に議員会館事務所に入ります。東京事務所のスタッフが気をつかってくれて、誕生祝いのケーキを用意してくれました。ローソクに火を入れ、記念写真を撮りました。スタッフがいればこそ、仕事ができることを感謝します。メールやメッセージなど誕生祝いをいただきます。45歳の誕生日を迎えることができたのも、親や家族、スタッフ、支援者などのお陰です。心より御礼を申し上げます。

     

    ●宮田義二・松下政経塾元塾長祝賀会

    雨の中、議員会館からタクシーで、パレスホテルへ向かいます。午後0時から、財団法人松下政経塾時代に副塾長・塾長として、ご指導を賜った、宮田義二先生の叙勲記念の祝賀会に出席します。宮田先生は大正14年生まれで、八幡製鉄所に入り、新日鉄労組の委員長、金属労協の議長などを歴任し、労働界のトップリーダーとして活躍します。松下幸之助氏に請われて、松下政経塾の役員となり、直接指導を賜りました。宮田塾長は、私が一番辛い選挙であった、孤立無援の平成12(2000)年の衆議院議員選挙に応援に駆けつけてくださいました。塾出身である以上、どんな境遇であろうが、最後まで面倒をみるという、情の人でした。その反面、よく教えるだけでなく、塾生に課題を与えて考えさせる理の人でもありました。

    宮田義二塾長は、答礼に立ち、出席していたご婦人への感謝、今年2月に先立ったご子息について言及し、声を詰まらせていました。挨拶が終わって、個人的に挨拶に行くと、「赤池君じゃないか」と昔と変わらず温かいまなざしを向けてくださいました。その思いをしっかり受け止め、政治家として頑張らなければと思いました。

     

    ●富士急ハイランド「ええじゃないか」竣工記念式典

     午後1時前にパレスホテルを出て、東京駅から新宿駅へ向かい、午後130分新宿駅発のJR特急に乗り込みます。梅雨の末期の集中豪雨の影響で、中央本線は長野まで不通となり、新宿駅と甲府駅の往復となっていました。新宿駅から大月駅へ行き、そこからは迎えの車に乗り込み、中央自動車道を経て、河口湖インターから富士急ハイランドへ向かいます。午後3時から、新しいアトラクションであるギネスブックへ登録された世界一の回転数を誇るジェットコースター「ええじゃないか」の竣工記念式典に出席します。

     1時間ほどで記念式典とパーティが終わり、天気がよければ「ええじゃないか」に試乗できることになっていましたが、降雨のために中止となってしまいました。

     

    ●会合

     富士急ハイランドから車で甲府へ向い、午後5時過ぎに甲府事務所に到着します。事務処理をした後、甲府市内の夜の会合2つに出席しました。

    July 19

    7月18日(火)大阪城公園視察と笹森清・前連合会長勉強会


    ●大阪城視察

     九段宿舎では、今日も小雨が降り、朝方涼しく、窓を開けていたので、涼しくて目を覚まします。

     午前6時過ぎに起き、身支度を整え、出かけます。宿舎を出ると、雨足が強くなります。傘を持っていなかったために、地下鉄駅まで歩くことを諦め、靖国神社前でタクシーを拾い、東京駅に向かいます。

     午前7時13分東京駅発のJR新幹線のぞみで大阪へ出発です。ホームで弁当を買います。温かいご飯の弁当がありました。コンビニにできることが、なぜ駅弁でできないのかと以前から思っていましたので、ようやくの登場です。早速、温かいご飯の弁当を買い込み、新幹線に乗り込みます。

     2時間半余りで、新大阪に到着です。車中コンピュータで仕事をこなします。熱中しすぎて、新大阪駅を乗り過ごしそうになりました。あわてて、荷物をとりまとめ、背広を持って、新幹線から飛び降ります。忘れ物がなく、ほっと一息です。

     新大阪駅から大阪駅へ、環状線に乗り換え、大阪城公園で下車します。大阪ではエスカレータに乗ると、右に立ち、左側を空けています。東京では反対です。新大阪駅では東京スタイルで、大阪駅からは関西スタイルです。右側通行が歩行者の原則とすると、東京は自分が客体で人に譲ることを優先で考え、大阪では自分を主体に考えるのかと思いました。何となく関東と関西の文化の違いを感じました。

     

    ●大阪城公園のロードトレイン

     午前10時前に、大阪城公園駅を下車し、大阪城公園を歩きます。大阪城ビジネスセンターを右に見て、大阪城ホールを正面に見ながら、歩きます。水上バスの案内放送が流れています。さすがに連休明けの火曜日ですから、人影はまばらです。雨が少しずつ降ってきます。大阪城ホールと野球場の間を抜け、内堀から本丸へ入ります。平日の小雨交じりにもかかわらず、結構人がいます。通り過ぎると、日本語ではなく、ハングルや中国語でした。欧米圏の方もいます。外国人の観光地になっているようです。天守閣を見上げて、本丸を抜けて、桜門から玉造門、そして大型バス駐車場へ向かいます。

     大阪城公園ホームページhttp://www.ocpa.or.jp/osakapark/hfm_park/02osakajo/

     午前11時に、この駐車場で、山梨からの視察団と待ち合わせです。今日は、大阪城公園内に走るロードトレインの視察です。ロードトレインとは、汽車の格好をしていんがら、道路を走る乗り物です。山梨の観光地に導入できないかと確認するために、やってきました。山梨からの視察団は午前5時に地元を出発したとのことです。電話で確認するとすぐ近くまで来ているとのことですが、渋滞のため遅れています。

     午前1120分過ぎにようやく、山梨視察団が到着します。ロードトレインが格納されている車庫に向かいます。4車両が格納されていました。休日の翌日は定休日になっていました。しかし、休日にもかかわらず、山梨からの視察団のために、ロードトレインを実際に動かしてくれるとのことです。早速乗り込みます。4両編成で、1両に3列シートが向かい合わせで6列あります。向かい合わせで座りますので、ちょっと大人だと狭い感じです。シートのレイアウトも変えられるそうです。118人乗りで、4両ですから合計72名が乗り込むことができます。運転車両は蒸気機関車弁慶号を模したもので、エンジンはガソリンとLPガスの切り替え方式です。大阪城ではすべてタクシーと同じ、LPガスで動かしているそうです。大阪城内は私道ですから免許がなくても運転できるそうですが、車のマニュアル運転と同じで、5段変速で動きます。4両すべてが連動して動くといいます。

     車庫を出ると過ぎ右へ直角に曲がります。話の通り、蒸気機関車の運転車両が右に曲がると、それに連動して4両の連結車両ともまったく同じ軌道を、4WDでそれぞれの車両のタイヤが少しずつ曲がり、カーブしていきます。それには本当に驚きました。運転手は自分の車両だけ気をつけて曲がれば、後の連結された4両とも、その軌道とまったく同じ軌道を曲がるのです。Uターンするのも半径5mもあれば、できるといいます。

     バス駐車場から大阪城公園の玉造門から豊国神社を左に見て、桜門に向かいます。歩いている観光客が、自然にロードトレインに向かって、手を振ります。ディスニーランドのノリです。カメラやビデオで撮影したりしています。観光バスやタクシーに手を振る人はいませんが、ロードトレインには自然と手を振るのです。乗っている私たちも自然に手を振ります。ロードトレインが大阪城公園を走ることによって、日常から非日常のエンターテイメントの異空間に変えてしまうのです。

     桜門につくと、Uターンします。話の通り、あっという間に小回りしました。ロードトレイン乗場に止まると、乗りたい方が並んでいます。今日は定休日なのですが、職員の方が折角だからといって、乗せてあげています。再び来た道を戻ります。乗り心地もよく、車内にはビデオもあり、観光案内の放送やビデオ放送も楽しめます。大阪城の内堀にそって走り、春には桜の花の並木トンネルを抜けていくといいます。これは、本当によくできた乗り物だと感心しました。全長2kmを時速15kmで、20分から30分ほどで往復します。大人200円、子ども100円で、3月にオープンしたばかりですが、客足は順調だといいます。私たちもすっかり、時間を忘れ、楽しみことができました。

     車庫に戻り、隣接した事務所で話を聞くことになりました。時計を見ると、午後040分で、東京に戻る時間です。あわてて皆さんにお詫びして、事務所を出て、大通りからタクシーに飛び乗ります。

     西尾レントオール http://www.train.nishio-rent.co.jp/

     

    ●笹森清・前連合会長講演

     20分ほどで新大阪駅に到着し、昼食の弁当を買い込み、午後110分発の東京行きの新幹線のぞみに乗り込みました。午後345分に東京駅の到着し、タクシーに乗って、議員会館に向かいます。

     午後4時から、第2議院会館1階会議室で、1年生議員政策研究会「伝統と創造の会」の「シリーズ政治家の資質」として、前連合会長の笹森清氏の講話を賜りました。

     笹森氏は、昭和15年生まれで、川越高校卒業後昭和35年に東京電力に入社します。その後、東京電力労働組合執行委員長を経て、電機連合会長を歴任します。日本最大の労働組合全国中央組織である連合事務局長を経て、平成13年に会長に就任しました。現在は労働者福祉中央協議会会長です。

     笹森清氏は、私の出身母体である財団法人松下政経塾の役員を務めており、塾生や塾出身者に対しても、厳しくそして温かい指導を賜っています。

     名刺交換すると、選挙区事情を聞かれました。事前に参加者の経歴から選挙区事情を把握しているようでした。先日の千葉7区の補欠選挙でも陣頭指揮を執り、選挙通でも知られています。

     連合会長時代に、自民党大会に参加し、いかなる政党政権でも是々非々で対応すると宣言して勇名をはせました。小泉改革には当然批判的でしたが、最初は連合の大会に出たいといって出てくれたこともあり、政労使の関係がよかったが、途中からおかしくなり、アメリカのいいなりとなってしまったと嘆いていました。

     戦後の歴史を概観しながら、55年体制は政治だけでなく、経営の分野でもあったこと。それは、生産性向上運動であり、生産性3原則は労使協議の充実、雇用の維持、公正は成果配分であり、ステークホルダー(利害関係人)として経営者、労働者、消費者がしっかりしており、それが高度経済成長につながったこと。現在は、これに、株主が入るかもしれないがといっていました。

     2度の石油ショックの中で、当時の福田赳夫総理から、27%急増した物価を抑えるので、労組は23%上昇した賃金を抑えてほしいという要請があったこと。それに対応したのが松下政経塾塾長を務めた鉄鋼労連会長の宮田義二氏であり、賃金上昇を10%に抑えたこと。それがきっかけとなって、毎年2回意見交換するようになったこと。政治と経営と労働者の3者がしっかりとしたトライアングルをつくることによって、国益が確保されるという話をなさいました。

     バブル崩壊以降の失われた10年の中で、サプライサイドの強化によって、消費者より生産者、労働者より経営者、中小企業より大手企業が優遇されてきてしまったこと。少子高齢化の中で、60歳以上の高齢者や女性等の方にも均等待遇する労働を中心とした福祉型社会をめざすべきであること。人生を春夏秋冬にたとえると、20歳までは玄冬、40歳までが青春、60歳まで朱夏、60歳以上が白秋である。そのようなライフスタイルにあわせたシステムが必要であること。

     今度の労働運動は、2割をきった組織率の低下の中で、地域社会との共存共生にかけている。自助と公助の限界の中で、共助が大事になってきている。労組のノウハウを地域に開放して、健康づくり、人づくり、街づくりに取り組み、6K(健康、子育て、介護、環境、教育、雇用)と2A(安心、安全)に、力を入れているとのことでした。

     今後の課題は、税制と社会保障制度改革の一体的見直しによる抜本改革であり、消費税を社会保障目的税にするのであれば、労働組合は反対しないと言明していました。

     最後に、政治家の資質としては、アクションルートとして現場最優先の言動が大事であると結びました。

     午後5時半前に講座は終わりましたが、事務所に戻り事務処理を済ませ、笹本清氏との懇親会に参加し、大いに盛り上がりました。

     労働者福祉中央協議会 http://www.rofuku.net/main.php

    July 18

    7月17日(月)海の日


    ●雨で涼しく

     連日の蒸し暑さも、雨で一息。朝方涼しくゆっくりとした朝を迎えました。

     朝食を取り、自宅で事務処理をします。

    午後0時に、甲府事務所で出て、さらに事務処理を行います。

     

    ●上京

     午後3時甲府駅発のJR特急に乗り、上京します。午後4時に八王子駅に到着します。自民党2年生議員の萩生田光一代議士のご母堂が逝去しました。八王子市斎場に通夜に顔を出します。本来は午後6時からでしたが、早目に参列しました。準備中にもかかわらず、萩生田代議士が対応してくださいました。

     私も父を6年前に亡くしましたが、萩生田代議士も70歳での選挙を支援してくれた「同志」の死にさぞかし無念ではなかったと思います。合掌。

     萩生田光一代議士HP http://www.ko-1.jp/

     

    ●会合

     午後6時から、赤坂の中華料理屋で、会合を持ちました。今日は九段宿舎で、宿泊です。 

     

    July 16

    7月16日(日)ホームページのリニューアル

    ●ホームページリニューアル

     蒸し暑さのために、朝目が覚める。

    自宅に篭もり、普段できない事務処理を行います。

    その中で、特に自分のホームページをリニューアルしました。これがなかなか時間がかかります。何とか見栄えのよいもので、わかりやすいものに仕上げた。ご覧になった方は感想をお願いします。

    ホームページ http://www.akaie.com

     

    7月15日(土)新盆回り


    ●新盆回り

     昨日は東京の九段宿舎でしたが、今日は甲府の自宅です。所変わっても朝の強い日差しで目が覚めました。今日も、朝から気温は急上昇です。気温は東京より甲府の方が高いのですが、東京はヒートアイランド現象の関係か、暑さの質が違う気がします。それぞれ暑いことには変わりありませんが・・・・。

    午前中は、自宅で事務処理をします。急に携帯に電話が入ります。内容は、新盆回りをしているかとの問い合わせでした。私は、山梨は旧盆、8月に一斉にお盆だとばかり思っていましたので、驚きました。山梨1区でも、甲府市や山梨市は8月がお盆ですが、甲州市は7月の新暦がお盆だというのです。あわてて、新盆回りの準備をして午後から回りました。

    甲州市旧塩山市のお宅を回りました。線香を上げさせていただき、ご主人と話をします。すると、同じ旧塩山市でも7月と8月と分かれている地域があるとのことでした。

    お伺いするお宅を確認するために、知人に聞いたり、地元の人に聞いたりとてんてこ舞いでした。

     何とか日中にお伺いしなければいけないお宅にお伺いできたので、一安心でした。

     それにしても、新暦と旧暦でお盆が違う地域が、身近な地域でこんなに違うとは思いも寄りませんでした。

     

    ●夢甲斐塾

     いったん甲府事務所に戻り、事務処理をします。

     午後630分からホテル談露館で、夢甲斐塾5期生の出発式に出席します。夢甲斐塾とは、6年前に山梨県が地域の青年の人材育成のために、開始した事業です。塾長には、私が財団法人松下政経塾時代に指導を受けた上甲晃氏です。3年間は県の事業として、助成を受けたのですが、3年度助成は打ち切られました。4年目からは、自主事業として県費をいただかなく、自前で行い、2年間の卒業式を迎えました。上甲晃氏は、松下政経塾を自ら退職して、有限会社志ネットワークを設立して、ベンチャー企業として、全国各地の人づくり事業に関わっています。手弁当での支援に頭が下がる思いです。

     今日は、奥様を同行していました。私が松下政経塾時代、塾内に社宅があり、ご馳走になったことを昨日のことのように思い出します。さらに、ゲストとして、清里萌木の村の船木上次社長も来賓として来ていたました。私が平成5年の32歳の最初の選挙の時に、引き受けてのない選挙対策本部長を快く受けてくださった方です。人の縁をつくづく不思議だなあと今日も思いました。氏の挨拶の中で、清里フォールドバレイのイベントの話がありました。赤字続きで何度も止めようと思うなかで、観た方からの励ましによって、ようやく続けてくることができたということでした。その話を聞きながら、私は自分の選挙を手伝ってもらいながら、船木氏の事業を何も手伝えなかったことに、恥ずかしく思いました。落選したとはいえ、今後もできることはお手伝いしたいと思います。

     夢甲斐塾の5期生が一人一人挨拶をします。卒業の挨拶を聞きながら、涙する塾生の姿を自分の松下政経塾卒業の時にダブって見えたりしました。全力を尽くして取り組んだものだが得られる感動であると思いました。

     明日から6期生の入塾式だといいます。私も、微力ですが今後も支援をしていきたいと思います。

     その後、中学の同期生との会に参加しました。

     萌木の村ホームページhttp://www.moeginomura.co.jp/

     清里フィールドバレイhttp://www.moeginomura.co.jp/FB/

    July 15

    7月14日(金)地元での会合


    ●地元選挙区へ

     朝の強い日差しで目が覚めます。朝から気温は急上昇です。

    午前930分に九段宿舎を出て、地元の選挙区へ戻ります。午前中から30度を越しているのではないかと思われます。靖国神社前からタクシーに乗り四ッ谷駅へ。四ッ谷駅から新宿駅へ行き、乗り換え午前10時発のJR特急で甲府駅に向かいます。予定通り、午前1130分に到着して、アピオ甲府に車を走らせます。

     

    ●甲府ライオンズクラブ例会

     午後0時から、甲府ライオンズクラブ例会がアピオ甲府タワー館で始まります。昼食を取り、今日は総会です。報告と決算、今年度の計画と予算が審議され、承認されました。

     

    ●明日の日本を語る山梨の会

     いったん甲府事務所に戻り、事務処理を行います。

     午後4時から甲府市内のホテルで会食を行います。午後6時に支持者宅を訪問します。

     午後730分に安倍晋三官房長官を応援する『明日の日本を語る山梨の会』の役員会に出席します。安倍長官を招いての山梨での総会の可能性について、現状では北朝鮮のミサイル問題の対応、8月に入ると全国各地のブロック大会への出席など、日程が厳しいことを報告しました。今後の対応は、執行部に一任されました。

     午後845分には、甲府事務所で自民党甲府市連青年部の例会です。国政報告として、北朝鮮のミサイル問題の話をし、盛り上がりました。

    7月13日(木)靖国神社みたま祭り


    ●靖国神社みたままつりへ

     午前8時前にモーニングコールで目を覚まし、あわてて朝食を取ります。ホテルを午前830分に出発し、箱根湯本駅から小田原駅へ、新幹線で東京駅と戻ります。寝不足ですが、箱根の良い空気に触れて、リフレッシュできました。

    午前1030分に、稲田朋美会長、松本洋平事務局次長らと、東京駅から、タクシーに乗って、靖国神社のみたま祭りに行きます。お盆にあわせて、713日から16日まで、境内に2万以上の名入り提灯が献灯されています。私も、自民党1年生議員政策研究会「伝統と創造の会」として1つ、自分の名前で1つ出しました。

    門がある左手が政治家の献灯コーナーです。どういうわけか、小沢一郎氏の献灯もあります。TBSが取材に入っています。昇殿に参拝しようと中に入ると、神社側が配慮してくださり、控室を用意してくださいました。南部宮司、三井権宮司はじめ、神職の方々が丁寧に対応してくださり、感謝です。昇殿参拝し、再び控室に戻り、談笑しました。

    外に出ると、さらにTBSがインタビューをしたいとのことで、稲田会長が代表して答えます。

     

    ●清和研在京議員昼食会

    午後0時には、赤坂プリンスホテルの清和政策研究会の事務所で、清和研在京議員昼食会に出席します。今日は森喜朗会長はじめ幹部の方々が欠席とのことでした。

    昼食を取り、連絡事項があり、せっかくだからということで、杉浦正健法務大臣から、社会奉仕・ボランティアを刑罰にしようという話を聞きました。これには、小泉純一郎総理も大いに賛同して、中韓から流れるつくゴミを拾ってもらったらいいのではないかといっていたといいます。懲役や禁固だけでなく、刑務所の収容率が100%を越える中で、町の中に受刑者をしっかり管理できる中間施設をつくり、そこから毎日社会奉仕・ボランティアに出かけるとい刑法・刑事訴訟法改正は、大いに賛成です。

     

    ●明大雄弁部OB会長を訪ねる

     午後130分には、私の出身である明大雄弁部OB会長である日高憲三氏の飯田橋にある会社を訪ねます。8月の政策セミナーの発起人を依頼しました。移転したばかりだということで、慌しい中でお時間を取ってくださり、感謝です。メールマガジンも読んでくださっており、平凡だから、わかりやすく、そして面白くという注文をいただきました。読んでくださっている方の評価をしっかり受け止め、今後も努力します。

     

    ●エネルギー問題勉強会

    午後2時過ぎに、議員会館の事務所に戻ります。日差しは厳しく、梅雨明けのようです。事務所で事務処理を行います。8月の東京での政策セミナーの打ち合わせも行います。

     午後4時から、第一議員会館1階会議室で、「伝統と創造の会」エネルギー問題勉強会の第2回目が開催されました。前回に引き続き前原子力委員長・藤家洋一先生が講師です。今回は原始力発電所の安全性についてです。原子力発電所の核分裂反応自体に、自己制御性があり、けっして暴発することがないこと。その上に「止めて、冷やして、閉じ込めて」という安全のための3原則で、設計と製造、運用がなされている限り、日本では50年間の安全実績があることなどを説明してくれました。また、日本の原子力は、原子爆弾から始まったという不幸な歴史があるが、そこを逆手に取って、原爆を原点とした平和利用のために、進んできたことも事実であること、アメリカに原爆に対して謝罪を求める必要があることなども聞きました。

     エネルギー自給戦略のためにも、原始力の重要性は強調してもし過ぎません。

     

    ●松下政経塾同期会

     午後6時からは、代々木で当時の研修担当であった矢野純男氏を招き、松下政経塾7期の同期会を開催しました。昔話に花が咲きました。

     その後、六本木に移り、清和研の参議院議員の1年生有志と衆議院議員1年生が懇親会を開催しました。会場の外には、マスコミがテレビカメラを構えて待ち構えています。何事が起こったのかと思いました。どうやら総裁選絡みで同じ会場の別部屋で大物政治家が登場するのを待ち構えていたようです。私は勘違いをされたようでした。

     午後9時過ぎに会合が終わり、タクシーで九段宿舎に戻ります。靖国神社前で下ろしてもらい、夜のみたま祭りを堪能してから、宿舎に戻りました。

    7月12日(水)合宿勉強会


    ●上京

     自宅で事務処理を行い、午前11時甲府駅発のJR特急で上京します。

    午後1時に議員会館の事務所に入り、安倍晋三事務所、森喜朗事務所に、8月21日の政策セミナーの出席依頼のためお訪ねします。

    午後130分からは、高鳥修一事務所で、今後の活動について、打ち合わせを行います。

     

    ●都市公園整備大会

    午後2時からは、砂防会館で全国都市公園整備促進協議会総会が開催され、出席します。山梨からは小佐野常夫・富士河口湖町長等が参加していました。

    議員会館事務所に戻り、陳情を受け、事務処理を行います。

     

    ●関淳・松下政経塾長と会う

     午後4時に、松下政経塾東京事務所で、関淳・松下政経塾長と会います。8月の松下幸之助氏の墓参と松下正治名誉会長、松下正幸副会長への表敬訪問について、打ち合わせを行いました。また、8月のパーティの発起人にもお願いをしました。

     

    ●宮下創平・元厚生大臣講話

     午後420分から、「伝統と創造の会」では、衆議院第2議員会館会議室で、宮下創平・元厚生大臣をお招きして、「シリーズ政治家の資質」講演会を開催しました。

     宮下先生は、昭和2年生まれで、陸軍幼年学校に入り、士官学校予科で終戦を迎えます。幼年学校出身で、戦後防衛庁長官をしたのは宮下先生だけです。戦後東大に入り直して、勉強を積み、大蔵省に入省し、衆議院議員として8回当選。防衛庁長官・環境庁長官・厚生大臣を歴任しました。宮下一郎代議士は後継者であり、ご子息です。

     宮下先生の話から、新人議員として礼儀、分をわきまえること。物事の幹と枝葉を分別すること、分からなくなったら目的、そもそも論に戻ることなど、基調な話を賜りました。 

     

    ●財務省矢野企画官と合宿セミナー

     午後530分に、タクシーで議員会館を出発し、6時前に東京駅から新幹線こだまで小田原へ、小田急線に乗り換え、箱根湯本からはタクシーで、箱根仙石原で「伝統と創造の会」財政問題研究会の合宿セミナーを行いました。

     車中から話は盛り上がり、夕食、温泉と、縦横に語りあいました。午前3時近くまで、部屋で議論を展開しました。昼の勉強会や部会では、通り一遍の話ですが、時間無制限の議論ですので、物事の両面を知ることができました。財政再建においても、打つ手は無限であって、目的、原理原則をしっかりと見極めることが大事だと思いました。

    7月11日(火)御礼回り

    ●御礼回り

     自宅で事務処理を行い、午前9時過ぎに甲府事務所に入ります。引き続き事務処理を行います。

    午前1030分から甲府市内を、昨日山梨経営フォーラムに参加してくれた企業を御礼に回ります。

    いったん事務所に戻り、午後には中村正訓・後援会長の会社を訪ね、打ち合わせを行いました。

     

    ●打ち合わせ

    甲府事務所に戻り、梅澤史毅夫会長代行等と打ち合わせを行いました。今後の活動について、検討を行いました。

     

    ●会合

     午後8時から、会合に出て、ミニ国政報告会を行いました。